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ミクロのプチ歴史

なめこの父−中国との関わり

 当社の工場は果樹王国山形県の天童市に位置します。弊社の創業者の鎌田は、昭和40年頃周りの缶詰工場から依頼を受けその工場で処理しきれない“なめこ”を「わらび」と混ぜ、『なめこ山菜』という惣菜商品を作りました。これが爆発的に売れに売れ、作っても作っても間に合わない状態が続きました。

 しかしその影響で“なめこ”が暴騰。缶詰屋さんからお叱りをいただいてしまう状態にまでなってしまいました。「このままでは、国内の“なめこ”では足りなくなってしまう…。」

 そこで鎌田は考えました。

 「そうだ!中国で栽培してはどうだろう…。」(当時中国には“なめこ”は自生していなかった。)昭和49年中国遼東半島の大連と旅順の中間にある農村で、中国で初の“なめこ”の栽培が始まりました。日本からは“なめこ”の種菌や機械などを持込み、初年度は大変な苦労をしながらも250キロほどの収穫ができました。その後、地元農家や学者と、一緒になって研究をし、大量生産化に成功。三年目からは1万2千トンほど収穫できるようになりました。

 そして平成2年、遼寧省人民政府より“なめこ”栽培と加工技術の指導育成を通して長年の日中親善に大きな業績を残した功績を称えられ、『なめこの父』として感謝状を授与されました。平成11年には遼寧省瓦房店市より、『経済顧問』の招請と『名誉市民』をも授与されました。(現在も、これからの新しい食文化に貢献して行きたいという強い気持ちと、日中友好を願う熱い気持ちを持ち続けております。)

 

蘭花


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